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ノンフィクション・邦寿のある一日 2000.7.21-22


(写真はこちらでご覧になれます)

7月21日

その日ですが伝の会二人は愛知県岡崎市の催し物で、岡崎城下・三河小町という場所の柿落としというか、オ−プニングのイベントで進行役を受けもつことになっていて、10:00の新幹線・のぞみ・に乗り名古屋へ向かいました。 名古屋に着いて名鉄線に乗り変えて東岡崎駅まで特急で約30分、同行したメンバ−は・お琴のみやざきみえこ、尺八の藤原道山チ−ム(イ−ストカレント)と茂戸藤浩司・アジョ・ノリ・三人組和太鼓の(ダクト)、そして古典空間ス夕ッフの森山と伝の会の8人だったんです。

現場に着いて先づ.暑い暑い暑い・・・今年最高の36°その太陽の日差しを100%受けながら野外で三味線を弾くんです。どんなに水を飲もうとお茶を飲もうとトイレに行かない。ぬれたTシャツもみるみる乾いてしまうので、汗はかくんだけどサラサラしているというような、冗談じゃないほどの天気で、そんな中夜の8時までビッシリ打合せとリハ−サルをしてグダグダデロデロになって、とにかくホテルに帰ってからすぐにシャワ−に入って近所の居酒屋へ。ダクトの連中は体力を極限まで使っていたので明日にそなえて、各自部屋に帰り充電をしていた様子。PM11:00項、古典空間の小野木もやっと東京から到着、またーと盛り上りしていたのですが、今日のホテルは12:00が門限ということなので居酒屋を出て、帰りにコンビニに寄ってビ−ルもろもろを買っていよいよ部屋飲みです。でも邦寿が睡魔に勝てず2:00前にてお開き。

7月22日

朝8:00に起きてシャワ−を浴びて9:00前に楽屋入り、外の温度はすでに30°長いー日の始まりです。

先ず9:50分、お江戸の町中の感じに作られた商店街を紋付き着流しで歩きながら弾き流す。予定ではお客が廻りを取り囲み、そのお容さん達と次なる広場へ伝の会は向うはずだったのだけれど、ところがお客は取り囲まない。アイスを買ったり、氷を食べたり、ビ−ルおだんご、焼鳥等々お店の軒下日陰に入ったきり、二人で無理に盛り上っている三味綿弾きを遠目で見ているだけ。辛い!でも伝の会はその程度の事では負けない所がすごいところ。

さらにテンションを上げて次なる広場へ行く、するとそこでは、猿廻しが始まる段取りになっていて、そこは予定通り・おさるさんとさる廻しさんが出てきて、伝の会は見世物小屋に使う、竹巣という合方を弾き太陽のすごい日差しの中ずっと見ていたのですが、さ、さ、猿さんが演伎をしない。日陰に入ったまま首輪を噛んでばかり、日向に連れ出すとご主人に向かって歯をむきだすんです。猿もいやがる程の暑さなのです、でも2〜3回輪をくぐって拍手をもらっていましたが、そんなこんなを10分程見ていたのですがボ−としてきたので、次の広場へと進んで行きました。

「江戸庶民の最高の楽しみというのは何といってもお芝居でしょう。」とかなんとか言いながらステージへと向かいました。客席に椅子は無く、斜面は全て芝生。そこに座って舞台を見るわけですから まさに『芝居』でした。いままで歩きながら、喋りながら、太陽の下で弾いていたのはお稽古用の犬皮の三味線。伝の会はここで本番用の三味線に持ち替えて、松の翁、滝流し、三段目、髪洗いの四曲の合い方を舞台の前(芝生の所)にて演奏。

続いて「ダクト」が下手の張り出し舞台にて、威勢良く太鼓を打ち始める。伝の会はパラパラの拍手の中、控え室へと引っ込んでいく。ダクト・イーストカレントの演奏が終わったところで伝の会は、上手舞台前(芝生の所)へ出て行き、続いて行われる市長さん達の口上の紹介をしました。そしてその口上が終わると、伝の会は舞台前に出て(芝生の所)、ダクトは下手の張り出し舞台に出て、少しはなれ過ぎていたんだけれど、セッションを試みた、お客さんは喜んでくれていたようだったんですが、実際は両サイドにあるスピーカーからの音がまるで小さくて、相手の音が聞き取りにくく、お互いとも不完全燃焼で終わってしまったんです。茂戸藤君は制作、音響さんにとても腹を立てていましたね。 でも昼の部終了。

楽屋でお弁当を食べてから一休み、鉄九郎がファミレスに行こうよと言っていたのですが邦寿は「寝る」と言って横になる。 この時のの時刻は午後一時前です。 午後四時「古典ライブの開演です。」 伝の会がまず張り出し舞台へでて挨拶と、ダクトの紹介。 ダクトのパワー溢れる演奏。イーストカレントの演奏に行く間に、同じく先ほどの張り出し舞台にて、宮崎・道山・演奏者二人の紹介とトークで舞台の支度を待つ。みえこチャン・道山チャン・の演奏が終わったところで邦寿・鉄九郎は楽器を持って舞台に上がり、自己紹介とトークでセッティングを待つ。

そして伝の会の演奏が始まりました。『だけどさ。今日は一日朝から三味線を弾いたり、お喋りもたく さんしてきました。ですが、本舞台の上で何かをするというのは今が初めてなんだよなァーアハハハハハハ。』そして、今昔廓一文(いまはむかしくるわのひともじ) 糸廻し(いとまわし) 替衣闇夜連引(かえごろもやみよのつれびき)を演奏して終了だったのですが。途中からお客さんがみるみる増えていくじゃありませんか。オヤオヤ・ヨシヨシっと思っていたのですが、実は伝の会が終わった後、続いて「今を楽しむ江戸の色」というトークショーがありまして、それにはNHKの「お江戸でござる」でおなじみの、杉浦日向子さんが出演するんです。そしてFMラジオで以前伝の会の事を紹介してくださった、水谷彰宏アナウンサーお二人が出てのトークショーなんです。 昔の鰻屋さんがウハウハチョメチョメだったとか、江戸の女性はとても積 極的だったとか。日向子さんのお名前はこうして付けられたんだとか。(いつか、伝の会ライブのときでも話したいですネ。)そのお二人のお話しはとても楽しステージでした。

そんな時、舞台の袖で話しを聞きながら待機している僕達の所へ、ダクトの連中が帰り仕度が済んだのでお礼の挨拶に来てくれました。「また一緒にやりましょうね。」握手をして別れた。約1時間のト−クショ−が終わり、また張り出しステ−ジに出て本舞台本日最後の演目の紹介をする。 怪談ナイト・・五街道雲助師匠の怪談話しである、日差しもほとんど和らいだ夕暮れ、自然が作る照明もちょうどいい具合なんだけれど、伝の会の話しの最中にぞろぞろ・ぞろぞろお客さん達が帰って行くのがなんとも淋しい感じでした。その時邦寿、本当に思いました「五百円でもお客さん方から頂いていたなら、残って観ていく方ももう少しいらっしゃるのでは?」・・・師匠の紹介が終わって伝の会のお役は全部終了。本当に二日間よく働いたと思う、自分達で自分達をほめてあげたい(当時の有名な言葉)。

着替えをして関係者達に挨拶をして夕クシ−で駅に向った。運良く特急が来て名古屋に行くそして一路東京へ・・・と行かないのが伝の会。実は前回の伝の会の時〔日本橋亭)に、鳴神の巡業中に何度か行った、名 古屋のスナック『みちゆき』のママが伝の会を見るためだけに東京までわざわざ来てくれて、その時に、『この仕事の帰りに必らず寄るからね。』と約束していたのです。昼間、身体中の80%?位の汗を出した夜、疲れて、お腹もすいていてスナックでいきなりカンパ〜イ等したら意識不明は免れない事なので、まずはラ−メン屋に行き少し食べてから11;00頃『みちゆき』へ行きました。店は大変な混みようで僕達はカウタ−には座れずボックスの方へ入りました。水割りを飲みカラオケも随分歌って、わいわい騒ぎ午前2時半頃体力の限界もやってきましたので、「ホテルに帰ります」と言って店を出ました。途中コンビニでお水を買って部屋に入り、シャワーを浴びて水を飲み、ベットに入り横になったかな?っとおもったらアットいうまに朝でした。

今思ったのですがこの目が覚めたときが、21日の朝であの二日間が落語の「芝浜」じゃないけど全部・夢・だったとしたら私しゃ死ぬだろうな・・と。そして邦寿の思い出・・・夜の部の古典ライヴ、伝の会終了後、ダクト・イ−ストカレント・伝の会でセツションをしたんです。岡崎城は桜の名所なのでお琴のゆっくり とした、さくら さくら の<曲>から始じまり途中から太鼓にてリズムが変り早い調子で琴・尺八・三味線・太鼓各1人づつの熱の入ったソロ演奏が続きだんだん盛り上がって、そして最後大合奏になり、切れは静かにまた さくら さくら のメロディ−で幕とした。これがとても綺麗で良かったんです。みんな1人1人とってもカッコイイ演奏でした。

くそ暑かったけど・・失礼       邦寿


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