鉄九郎の青?裸々な日常 第101号
- 2004年3月1日〜29日
- 前進座九州巡業・娘の日本語ヒアリング・徳島
- 3月1日(月)
- はやいもので、もう三月である。今年は梅が咲くのも早く、近くの梅林公園ではなかなかの咲きっぷりである。
- 我が家の梅の木は咲いていない。
- つぼみも出ていない。
- 3月2日(火)
- 母の着物の整理をし、となりの(今は隣りじゃないんだけど)おばちゃんに見てもらって、形見分けをした。8年たった形見分け。
- 3月3日(水)
- 「雛彩々(ひいなさいさい)」という創作舞踊の会に行く。
- ここんとこ、ボヤッとしていた頭がシャキッとした。
- ティアラこうとう小ホール。いい感じのホールだなぁ、伝の会もやりたいなぁ。
- 3月4日(木)
- 難しい言葉を覚えようとする娘。
- 「なんだっけ?ぶあつくて、かんじの?」
- 「ああ、広辞苑な」
- 「ああ、そうそう」
- 「なんて言ったか言ってごらん」
- 「コウジンエン」
- 時代劇が映ると
- 「あっ、あしたやるんだよ、なんだっけ?たそがれへーべー」
- 「あはは」
- 「たそがれへーべーだっけ?なんだっけ?」
- ・・・・微妙にヒアリングがおかしい。
- 3月6日(土)
- 家元宅へ「角兵衛」の稽古をつけてもらいに行く。四月の松永会で弾かせてもらうことになったのだが、とにかく初役といいますか、弾いたことないもんで、緊張します。「角兵衛を弾いたことがない」と言うのは微妙なとこがあるのです。芸暦20年を越えている身にとって一度も弾いたことのないというのはマレなことですな。なんだかんだで一度くらいは弾いたことがあるものなのです。「角兵衛」にしたって、まったくの初めてではないのです。一、二度弾いたことあります。でも立三味線で弾くのは初めてということですね。
- 3月7日(日) 前進座巡業「鳴神」舞台稽古
- 4日に久々に前進座劇場に行きまして、「鳴神」のお稽古をしたのですが、今日は舞台稽古。9日より約50日間の九州巡業に出発するのです。邦さんが舞台師で。僕は全部は参加できません。ところどころ参加させていただきます。僕のかわりといっちゃなんですが、鉄平を連れていってもらいます。今日の舞台稽古は鉄平に邦さんのワキを弾かせてみました。良い勉強になったでしょう。
- 3月8日(月)越谷市立栄進中学校
- 越谷はウチから結構遠いのです。11時から始めるということは10時には学校に入ってたいし、てことは、8時には自宅をでなけれはいけませんな。しかし、ウチからあっち方面の朝の道というのは渋滞するものなのか?すいてるものなのか?すいてやしないだろうと思いながら走ってたらスイスイと来た。意外に近かった越谷。ライヴしましたよ。
- 3月9日(火) 「にんにく注射」
- ここんとこ、疲れ気味なので、一発してみたらということになり、平和台病院へ行く。
- 2,500円のにんにく注射。
- なんか効きそうだね。
- 注射をうたれてる最中から口の中はにんにくの香りでいっぱいになる。
- ヴーーーっ、なんかヘンだーーーっ。
- 今ラーメン食べたら良さそうだ。
- 3月10日(水)
- 「♪いしやきーもー、やったねー」
- 「やきたてだぞ」
- 3月11日(木)
- 午前、お稽古場の三味線のメンテナンスを「三味線かとう」さんにお願いしようかと考えた。お弟子さんは取引をしているのに、僕は遊びに行っても張り替えとかしてもらったことはなかった。以前から修理をしたかった楽器もあるし、こりゃちょうどいいや、お願いしちゃえ。山口さんが来宅してくれたのでナンヤカンヤで五挺ほど持っていってもらった。お三味線がきれいになって戻ってくるのが待ち遠しい。
- 午後、「八犬伝」のお稽古をするというので家元宅へおじゃまする。角兵衛」のお稽古もしてもらう。
- 「角兵衛」覚えられなーーーーい!。
- 西台大勝軒に行くが休みだったーーー!
- 滝野川大勝軒に行くーーーー。
- 3月12日(金)
- 「♪ジングルベールジングルベール、すずかーざるぅ」
- 「鈴かざるのかよ!んでもって、なんで今頃ジングルベールなんだよ」
- 3月14日(日) 松永懇親会
- 年に一度の我が流派の懇親会。今回は原宿の「南国酒家」。24年間、しょっちゅう車で前を通るが寄ったことのないお店。稀音家義丸師をゲストにお呼びして、楽しいお話をお聞きしました。今度の「松永会」で「花見踊」を大勢でやるんですね。で、「花見踊」の解説をしていただいて曲により入り込もうという狙いだったのです。楽しい時間でした。
- 3月15日(月) 温知会
- 杵屋巳紗鳳師と松永忠五郎家元で「八犬伝」。この何年間、「八犬伝」をかなりの回数やってるなぁ。ワキを弾いていると、なんかドキドキする演目なのです。連れるところが少ないこともあるのでしょうが、今日もドキドキしたぁ。
- 3月16日(火) 映画「るにん」
- 昨日のことなんだけど。「温知会」に行く前に五反田のIMAGICAの第一試写室で「るにん」を観てきたのです。昨年三味線指導をした奥田瑛二監督の映画作品。八丈島の流人たちの話。実在の人物の話がもとになっている。つらい、さびしい、むなしい、かなしい、やりきれない。泣けてしょうがない。という映画を観てから「温知会」イイノホールに向かったのでした。
- 3月17日(水)
- 娘は今日のお習字のレッスンから筆を使うことが許された。今までは「書き方教室」に近かったのだな。今日から「書道」ってな感じなんだろ。朝から張り切っている。張り切りすぎて小学校を休むつもりでいたらしい。小学校を休んでまでも、早く書道教室に行きたいのだそうだ。
- 僕「お習字は学校から帰ってきてからだよ」
- 娘「あっ、そっかー」
- などと呑気な声を出して学校へ出かけていった。
- 授業が終わり、すっ飛んで帰ってきたのだろう。けれども僕はお弟子さんのお稽古中。お稽古が終わってお弟子さんが帰らなければ娘をお習字に連れてはいけない。娘は早く行きたくてヤキモキしながら待っていたのだろう。
- 僕「よし行くぞ!お習字の道具もっといでー」
- 娘「もう、持ってまーす」
- 教室まで送り、1時間後に迎えに行く。
- 「とてもお上手に書けますよ。右手で書かせていますからね」とお習字の先生が迎えに行った僕に言った。娘は左利きである。右手に初めて筆を持ったのだろう。娘はちょいと得意そうだ。
- 娘「おウチにかえってからやりたいなあ」
- 僕「ああやったらいいじゃないか」
- 娘「えっ、やっていいの?」
- 僕「やっていいさ、うんと練習しなよ」
- 娘「うん。あ、じゃあれかってかなきゃ」
- 僕「なんだよ」
- 娘「うんと、ハンシン」
- 僕「半紙か?」
- 娘「あ、そうそう、ハンシっていうの?」
- 僕「ああ」
- 娘「ハンシンだとおもってたよ。ああーハンシン、タイガース」
- 僕「なに歌ってんだよ。ハンシンじゃおかしいだろよ」
- 娘「ハンシか」
- 僕「うん、紙と書いてシと読むな」
- 娘「ああ、ガヨウシってのがあるもんね」
- 僕「ああそうだな。ガヨウシンじゃへんだものな」
- 娘「あはは」
- 僕「頭痛にガヨウシン」
- 娘「あはは、くすりかよっ!」
- 僕「真っ白な怪獣ガヨウシン登場」
- 娘「あはは、えい、やっつけろー」
- 僕「・・・・」
- 娘「もっと言ってよー」
- 僕「もうないよ」
- 「またまたぁ、そんなのいっぱいかんがえるんでしょ、ちょいとー、てっくろちゃーん」
- 僕「ないんです」
- 娘「あるって、かんがえてよーーん。あ、いまの『よーん』っていうののばしたとこが『〜』になったのわかった?」
- 僕「わかるかっ!」
- 3月18日(木) 前進座九州巡業「雪祭五人三番叟」「鳴神」
- 東京はポカポカした良い天気でございます。午後4時発の日本航空で大分にむかいました。大分は東京より寒いのです。うかつでした。薄着できてしまいました。着替えも薄着ばかりです。これから一週間巡業に参加するのですが、寒かったらヤバイです。明日様子を見て、寒いようなら洋服の調達から始めなければいけませぬ。大分空港からバスに乗って一時間別府に到着です。やっば涼しいってな感じですわ。駅前のホテルSEAWAVE別府807号室におちつきました。前進座ご一行様は昨日下関で公演をして今日は移動日で別府にきて温泉入ったりしてのんびりと過ごしていたそうですわ。そんな邦さんと一杯飲んで早々就寝です。ぼくもなんだか疲れました。
- 3月19日(金)
- ビーコンブラザハーモニアホール 18:30開演
- 今回の巡業の演目は「雪祭五人三番叟」と「鳴神」の二本。僕らの用事があるのは「鳴神」です。ということは開演1時間後から舞台に出るということらしい。18:30開演だと17時ころにホテル出発てなとこかな。したがってそれまでの時間はなーーんにもないのですね。休養ですね。夢のようですね。
- 今日も寒いっすよ。いかんですね。服買いますかね。とにかく別府の街をブラブラブラブラしました。身体がなまんないように歩け歩けでございます。空気がおいしいんでしょうなぁ、すぐにお腹が減ってしまうのです。
- 3月20日(祝)
- 大分県芸術会館 18:30開演 都イン大分914号室
- 昨夜邦さんと二人でものすごく飲んだ模様。今朝方、別府のホテルはグルグル回っておりました。これではイカンということで、グルグル回るホテルを脱出して表にでましたが、やはりそこもグルグル回っておりました。近くのクスリ屋さんに飛び込み、「どうして別府の街はグルグル回っているのですか?」と尋ねたところ、「これとこれをお飲みになって下さい。それに胃薬も」と液体二本と錠剤を渡されました。お礼もそこそこに日豊本線で15分、大分にやってまいりました。そしてホテルに着く頃にはものすごい頭痛とグルグルが治っておりました。ホッと一息でございます。
- 3月21日(日)
- 大分県芸術会館 13:30開演 都イン大分914号室
- 今日は昼公演なんですね。昼公演て良いのですよ。夕方終わってあとは自由時間でしょ。「夜公演だって夜まで自由時間だろうに」という声が聞こえてきそうですが。違うのです。やっぱりね、夜舞台があると思うとね。いっくら昼が自由時間といえども、どこかで緊張しているのですよ。あんまり遠出して疲れちゃいけないしとか。体調を考えますね。夜公演にむけて昼は体調を整えているという感じなんですよ。そこへ行くとね、昼公演だといいですね。夕方終わっちゃうんですから。晴れたり曇ったりの天気なんですが、邦さんと夕方から鴨鍋なんぞいただいてね、ええ、よござんす。
- 3月22日(月)
- ユメニティのおがた 18:35開演 プラザホテル直方615室
- 大分からソニックというのに乗りましてね、折尾という所で乗り換えまして、福北ゆたか線に乗りまして直方にやってまいりました。二時間半くらいの行程ですね。「直方」と書いて「のおがた」と読むのてす。なんかわかる気がしますね。「なおかた」が訛ったみたいなね。
- そういえば「大分」と書いてなんで「おおいた」と読むんですかね?なんでかということは、小学校の時に習ったのかなぁ?今さら聞けないようなことだよなぁ。
- 今夜の会場を「コメニティ」と言ってしたら「ユメニティ」だと正されました。ほんに言葉というものは・・・。
- 「浜勝」というとんかつレストランて昼食をとりました。
- 3月23日(火)
- 田川文化センター 18:35開演 田川オリエンタルホテル401室
- 平成筑豊鉄道伊田線というのに30分ほど乗りまして田川伊田駅に着きました。タクシーでホテルまでですね。考えてみると巡業にくると、実にたくさんのタクシーに乗りますな。駅からホテル、ホテルから会場、そして会場からホテルとね。最低三回は乗るんですね。で、ホテルから会場に行くときは勝手に行っちゃダメなんですよ。僕は邦さんとお囃子の(梅屋)勝彦さんと一緒に行くのです。主催者が交通費を出すわけですからね。そうやって何人かで乗っていくんです。 だいたいフロントに五時集合。お昼くらいにホテルにチェックインしてから、おのおの勝手に五時まですごしてますから、この時間まで何をしていたかが話題になるんですな。大抵は何食べたかですね。
- 「お師匠さん、何食べたんですか?」
- 「そば」
- 「ああ、ありましたね、あの角のとこの」
- 「ああ、あそこじゃない方に入ったんだ」
- 「あ、あの先かな?」
- 「そうそう」
- 「オレは手前のとこ」
- 「あ、あそこ入ったんだ」
- 「で、どうでした?」
- 「江戸前でしたか?」
- 「いやいや、どうしてどうして」
- 「ああ、やっぱりね」
- 「邦さんのもダメだったの?」
- 「あのね、ダメてぇのはね、もちっとましな蕎麦のことをいいますね」
- 「だろぅ。だめなんだよこっちは」
- 「ダメというんじゃないんでしょ。好みが違うんでしょ」
- 「まあそういうことだな」
- 「ああ、江戸前のそばが食いてぇなぁ」
- 「からーいおつゆのやつ」
- 「そばもコシがしっかりしてんのがいいやね」
- 「邦さんはとにかくコシだからね」
- 「そうなのか」
- 「ええ、コシがありゃあ、おつゆが多少甘かろうと許しますよ」
- 「オレはイヤだなぁ」
- 「甘いのイヤでしょ」
- 「多少そばがやらかいのはいいんだけどな」
- 「え?そばはコシがなきゃあいけませんよぉ」
- 「いや、つゆが辛きゃあさ」
- 「いやいやコシコシ」
- 「つゆつゆ」
- 「コシですって」
- 「つゆだろう」
- 「これだけはゆずれませんよ」
- 「なんだとぉ・・・」
- ・・・・・・・・
- 「あのぅ、時にそろそろタクシー呼びますか?」
- 「まだ呼んでなかったんかいっ!!」
- 3月24日(水)
- 飯塚コスモスコモン 18:35開演 飯塚観光ホテル409室
- 田川後藤寺線に乗って「新飯塚駅」に。ほんの20分ですな。飯塚に着いたらなにはともあれ、改築をしている嘉穂劇場へ足をむけた。丁寧な改修作業が行われていた。長浜ラーメンを食べる。ああ、飯塚にきたなと実感。
- 3月25日(木)
- 飯塚コスモスコモン 13:35開演 開演
- 楽屋入りすると鉄平が来ていた。僕は一時戦線離脱ということなのですね。4月6日の鹿児島公演から復帰いたします。それまでは僕の替わりに鉄平が相務めるということになっておるんですな。
- さて15時25分、出番の終わった僕は挨拶もそこそこにタクシーにのりこみ「飯塚」駅にむかいます。15時49分発の福北ゆたか線快速に乗ります。16時24分に博多に着き、16時35分のひかりレールスターで岡山にむかいました。18時28分に岡山に着き、18時52分のうずしお25号に乗ります。これに乗っちゃえば安心。終点が徳島なのらーー。21時55分徳島着でーーーす。ヨッシャー、方向音痴のワシが一人で来られたぞーっ、アッハハハハハ。いつも飛行機で来る徳島に、電車で来るとなんだか違うところみたいだ。テクテク歩いてホテルにチェックイン。邦さんに「無事徳島ついた」と連絡をし、師匠(=松永鉄十郎)に「徳島に来ました」と連絡をする。師匠も「はいそうですか、では明日」とはなりませんね。「出てこいよ」ということになりますね。はいはい、こっちも承知のことです。お腹も減ってるしな。とにかく「永島」に行きます。
- 3月26日(金)徳島
- 前進座ご一行は今日博多にむかった。4月4日まで博多で公演するのです。
- 4月5日に博多から鹿児島に移動するのですが、僕はそのときに合流することになっているんですね。今日のところは徳島に来ております。
- 本日は下ざらい。
- なんの?明日の。
- 明日何が?
- おさらい会が。
- てな具合でして、郷文の和室で朝から晩まで弾いておりました。
- いやーははははは、疲れたぞーーーーい。
- 3月27日(土)邦舞・邦楽 春まつり 郷土文化会館大ホール
- 師匠(=松永鉄十郎)が主催で日舞と長唄の合同おさらい会のようなものを「春まつり」というタイトルで催すのですな。師匠らしい催しといいますか、なかなか盛りだくさんなのであります。
- 3月28日(日)
- 昨夜、会のあとパーティがあって、そのあと飲みに行って。適当な時間におひらきになり、今朝になる。睡眠は結構とったが、ドヨーンと疲れが出た。まあ、いつもこうである。
- 思えば巡業からここにきたという肉体的な疲労もあるが、 昨日の演目への緊張だって巡業中ずーーっとあったわけで、折に触れ浚ったりしていたのだから、それが終われば、安堵とともに疲労がやってくる。
- チェックアウトしてブラブラとホンチョー(比松和子宅)まで歩く。
- 毎度のように道に迷う。
- 簡単な道のりなのにナゼ迷うのか?
- ポーッとして歩いているからだ。
- 結構暑い。
- ホンチョーで師匠と待ち会わせを。
- ここは、ときわ(和佐比路)さんの実家であるとともに稽古場でもある。必ずここが基点になっている。
- 師匠もグッタリとしている。
- 松永会でやる「角兵衛」を一度さらってもらうのだ。二度やってもらった。
- 3月30日(火)
- 家元に「角兵衛」を浚っていただきに。浚うなどと言えない状態である。なにせ、まだ曲を暗譜していない。長い曲てあるのだけれども、とにかく覚えられない。こまったことだ。
- 3月31日(水)
- 久々の稽古日となる。「角兵衛」さらう。たあいへんらぁぁぁぁぁ。