鉄九郎の青?裸々な日常 第115号
- 2005年5月1日〜31日
- マンダラで三味線4人が炸裂・鉄九郎はじめてのソロライブに挑戦・和音お名残ライブ
- 5月1日(日)
- 「○○さんはいくつ?30代?」
- 「まだ20代だろ」
- という会話を聴いていた8歳の娘が
- 「あたしは0代なの?」と聞いた。
- 5月2日(月)
- 今年の大型連休は今日と6日を休めば10日間になるという。10日間休んだところで、あくせくと旅行に行かなくてもと思ってる人たちは今日と6日は出勤する。暇でいいやってなこと言いながら。どっちにしても我々には関係のないことである。今が連休だということも今日知ったわけで。
- 5月3日(祝)
- NHKの録画が19日にあります。(編集部注:NHKテレビ「芸能花舞台」舞踊・長唄「新版色相方(そめかえていろのあいかた)」市川左団次・市川男女蔵・市川男寅の踊りで演奏を担当。)それの稽古で家元宅に集合です。夜になりますと、邦さんがやってきてくれて、マンダラの稽古をしました。明日ですなマンダラライヴ。ぐわんばるぞー。
- 5月4日(祝) 新・邦楽見本市 伝の会マンダラライヴ
- ジャジャーーーン。
- 良い天気です。
- 体調も大丈夫です。
- 本日のゲスト、塚原勝利くん、松永和寿三郎くんも無事マンダラに到着いたしました。
- 三味線方四人で演奏するとどういう風になるのか?
- まずはリハーサルです。
- スッゲー迫力ですわ。
- 伝の会の二人で弾いてるときの×2になってる感じもあり(これは当たり前)、はたまた、まったく違う世界が広がるという感覚もありという所ですか。お客さまも、そのことに気がついていらっしゃるのでしょう、超満員となりました。おかげさまで、凶と出るか吉と出るかの企画だったのですが、大吉と出ました。とてもとてもうれしい日でした。打ち上げでも、飲むわ飲むわ、終電なくなるわ。の一日でした。
- 5月5日(祝)
- めずらしく二日酔いにはならなかった。
- お稽古をしましてね、忙しい日でした。
- 5月6日(金)
- 朝早くから出かける。小雨が降る一日。
- 5月9日(月)
- 午前中、獅童くん宅のお稽古に。電車で行くのは久しぶりだ。なにも普段は車で行っているということを偉ぶっているわけではないが・・・。自転車で光が丘まで走る。風が気持ちイイ。良い季節になったなぁ。と、肌で感じるのは良いことだ。大江戸線と丸の内線を乗り継いで行く。早くついたので、コーヒーなぞ飲んでボーっとする。電車の方が良いな。お昼過ぎに帰宅。
- 久しぶりに時間が出来た。のんびりとする時間が出来た。譜面を書いたり、ビデオをダビングしたり・・・。日が陰って夜になるさまをのんびりと見ることができた。
- 5月10日(火)
- 長唄協会秋季演奏会の役員会がありましてね。出席をいたしました。会合が終わると自宅に戻ってお弟子さんのお稽古ですね。
- 5月11日(月)
- お稽古日ですな。6月末の家元の会でウチのお弟子さんたち、鶴亀を弾くことになっている。来るお弟子さん来るお弟子さん、鶴亀の稽古、少々食傷ぎみのアタシ。
- 5月12日(火)
- NHKへ。19日が録画日で、そのリハーサル。「芸能花舞台」ですな。
- 5月13日(水)
- 松永会で弾く「連獅子」の稽古をつけてもらいに家元宅へ。夜は日暮里にある和音へ。6月いっぱいでこの会場がなくなるというので、サヨナラパーティです。6年半いろんな音楽家が演奏した小屋でしてね。40〜50人で聴ける良い小屋でした。伝の会としては二度くらいやったかな?
- 5月14日(木) 京都 長艸茶話会ライヴ(はじめての一人舞台)
- 西陣の長艸刺繍工房貴了館に来ました。いつも京都に来ると遊びに来させている所です。工房の敏明先生、純恵先生ともに良くしていただいています。
- 昼と夜に集まりがあるから一人でやってみては・・・と言われましてね。以前も一度やったのですが、一人ではなかったのです。さて、悩んでしまいました。たくさんの舞台やライヴをやらせていただいていますが、一人でやったことはないのです。「気軽な感じでいいんですよ」と言ってはくださるのですが、気軽もなにも、一人っていうのが、すでに気軽でないのでして・・・。
- どうしようかなぁぁぁぁ????というのが、このお仕事が決まってから考え続けたことでした。30〜40分を二回。うーーーーん。とまあ、腹を決めてこの日を迎えて新幹線に乗ってきたのです。ま、やってみると、お客さんも和やかな方たちでホッとしたのですが。とても勉強になったというか、おもしろいというか楽しい一日でした。
- 5月15日(日) 清林寺
- 3月末になくなった、おじさんの49日追善法要と納骨です。ウチの菩提寺と同じ清林寺にお墓が買ってあります。今までカラだったお墓におじさんが一人入りました。
- 5月16日(月)
- 獅童くん宅のお稽古。終わって出かけて、夜はウチでお弟子さんのお稽古。忙しいっすな。
- 5月17日(火) 三越邦楽会
- 小山裕久さん(日本料理「青柳」のご主人)には昔からお世話になっている。鉄十郎師匠に長唄を教わっているという関係だが、伝の会としても可愛がっていただいている。今日は、その小山さんが三越邦楽会に出るというので弾きにきました。「五郎」をね、唄われるのですね。師匠と忠次郎くんがついて、三味線は僕と(杵屋)勝十朗くんと上調子に(高橋)智久くん。
- 5月18日(水)
- 稽古です。合間に自主稽古しながら。
- 5月19日(木)
- 夜からNHKへ。「芸能花舞台」の録画日です。「新版色相方(そめかえていろのあいかた)」市川左団次丈が踊ります。
- 5月20日(金) 大阪
- 明日の大阪の松永会のため正午に堺筋本町のテイジンホールに着いた。「連獅子」を弾かせていただくことになってる。勝之弥さんに唄っていただく。緊張しますね。
- 5月21日(土) 関西松永同門会 テイジンホール
- 9時に目が覚めた。テイジンホールまで歩いてすぐのホテルに泊まったので、10時す ぎまで寝てられたのに。まあいい。プラプラ行ってみるか。生意気に気の利いた店でモーニングセットなどをいただいたりしましてな。早々と楽屋入りですわ。
- 無事に終わり、忠史朗くん忠七郎くんらと新大阪駅へ。一杯飲んで、彼らは東京へ、アタシャ浜松へ。中山さん、伊藤(尚雅堂)さんのお出迎えをうけ、来月ライヴをする美笠へ行く。2月に静岡で伊藤さんが引き合わせてくれたプロデューサーの中山修さん。5月のマンダラにわざわざ聴きにきてくれて伝の会を気に入ってくれた人だ。この人がいればなーんも心配することはない。スッゲー人が味方になってくれました。そしてもう一人、やけににぎやかなお人にご紹介されました。やっぱり来月のライヴを支えてくれる藤野カメラの藤野直也さん。伝の会を観たことも聴いたこともないのに伊藤さんを信用してるということで全面的に協力してくださるお方だ。中山さんと藤野さん、初対面のはずなのに旧友のように話しがはずんでいます。なんと頼もしい60代の男達でしょうか。伝の会は幸せものです。6月12日に美笠でやる伝の会のライヴ、ソールドアウトになっています。
- 5月22日(日) 浜松
- 6月12日の夜が美笠で伝の会。昼はおぐらや(呉服)さんのイベントで演奏します。 その時、おぐらやさんオリジナルのものを着させていただきます。おぐらやさんに行き、僕にはどんなのが似合うかと、あれこれやりました。
- 午後はヤマハの竹内明彦さんとお会いして、あるサークルの指導をさせていただきました。三味線方と囃子方がそろってましてね、「鞍馬山」をお稽古しているというので、ちょいとレッスンのお手伝いを。好きで長唄やっている人たちです。すばらしいです。夕方から宴会。宴会でも長唄やるのです。スッゲーなぁ。大抵、宴会でお三味線などを持ち出すと、端唄やったり都々逸やったりね・・・。それが、宴会でも長唄やるんですよ。びっくりしちゃいました。良いものですね。それだけ好きなんですね。うれしいですよね。
- 5月23日(月) 京都
- 昨晩京都に来ました。さすがに今朝はしんどかったですね。なかなか起きられませんでした。さまざまな方たちとお会いして、用事が済んだのが夕方。ぽつぽつと雨が降ってきた。雨に送られ京都駅から新幹線に乗りました。
- 5月24日(火)
- 一日中お稽古日です。
- 5月25日(水)
- 長唄協会の企画委員というのにも入れてもらっています。その話し合いがあるというので出かけていきました。暑い日です。
- 5月26日(木)
- 免停60日。60日間運転しないのも良いのですが、いろいろ不便が出るというので、免停30日に縮めてくれる講習に来ました。朝9時までに府中の運転免許場に集合です。
- 5月27日(金)
- 講習二日目。二日目ともなると同じクラスの人たちといろいろ話すようになります。僕の隣りの席の人は、30代半ばの大柄な、「巨人の星」の左門豊作のような格闘家の人。一見強面だが、話すとやさしい感じの人で、「僕、運転合わないんですよぅ」と言う。確かに運転適性検査の結果は最低のランクに○がついていた。いやいや運転した雪の日に、事故を起こしてしまったらしい。いろんな人がいるわな。
- 5月28日(土)
- 昨日一昨日の二日間の講習によって見事「優」の成績を取った我が輩は、免停期間が30日縮まり、6月1日から運転を再開することになった。良かった良かった。
- そんな晴れ晴れした日の本日は、下北沢本多劇場「志の輔らくごin下北沢」vol.12文楽篇を観に出かけたのでした。久々だぞぅ、下北沢。しかも電車で来たことなど数回しきゃんないぞぅ。すっかり出口がわからずアタフタしました。隣りに木村万里さんが座ってくれ、こそこそ話ながらの楽しいひとときでした。
- 5月29日(日)
- 本日も下北沢に来ましたよ。「志の輔らくごin下北沢」vol.12文楽篇の最終日です。今日は客席にいたら、知り合いの文楽ファンの方々にたくさんお会いしました。なかには志の輔さんを知らない方もいらしたりして、いかに異ジャンルのライヴなのかがわかりますね。そしてみんなが口々に言うのは「てつくろがなんでいるのだ」ということ。まぁ、いちいち説明するのもね面倒なので「志の輔という落語家さんの評判を聞いて」などと答えていると「そうよね、志の輔さんってスゴイね。ファンになっちゃったよ」とみんなが言ってました。
- 終演後楽屋の乾杯に呼ばれますと、生も根も尽き果てた志の輔さんが、満足な顔で迎えてくれました。
- 「志の輔さんアナタはスゴイお人や」
- 5月30日(月)
- 九「熱帯魚がさぁ・・」
- 娘「めんたいこ?」
- 5月31日(日) 和音DE伝の会
- 邦楽ジャーナルがやっていた日暮里のライヴハウス「和音」でのライヴ。何年振りだろ?急に決まったライヴで、宣伝もろくにできなかったが、なんとかお客さまに見捨てられることなく、6月いっぱいでおしまいというこの小屋にカッコつけることができた(笑)。
- やってみるとなんとやりやすい小屋なんでしょ!良い感じなんですよ。まぁ、この日に集まってくれたお客さんと僕らのノリがピタッと合ったのかも知れないけど・・・。それをさっぴいても、良い感じなの。なにが良い感じかと言うと、音を出しますわね、その出た音が、スーッと壁に吸い込まれていくっていうのかなぁ、その、カーンという冷たい跳ねっ返りがないのよ。コンクリート(多分)の壁なのにさ。和音がまだ出来立ての6年半前にやったのですが、その時はカーンっていう、跳ねっ返りがすっごくあったと思う。6年かかって、いろんな、上等な音楽家がこの空間で音出していくうちに良い感じになっていったのでは・・・・。と、演奏している時に思い、そんな話をしたら、邦楽ジャーナル7月号に僕らの言葉として載りました。