鉄九郎の青?裸々な日常 第98号
- 2003年12月1日〜31日
- 新居で過ごす歳の暮れ
- 12月1日(月)
- 以前の家のトイレは「フラッシュ」というとこを押すと洗浄してくれた。今度はオーソドックスに流すやつ。便器の奥のタンクにコックがついている。やっばこういうやつのほうが使いやすいということなのだろうか?電気もいらないし。ふむふむというところである。で、娘はちゃんと流せているのかが妻は気にかかっていた。彼女はなにせ「フラッシュ」育ちだ。
- 妻「ねぇ、おトイレの流すとこに大・小ってあるでしょ」
- 娘「うん」
- 妻「その意味わかる?」
- 娘「うんわかるよ。ゆうは小をつかっているよ」
- しばらくの間のあと、20分くらい笑ってしまった。水の量が多い少ないということだと思っていたらしい。まぁ、それも正解なのだが。
- 12月2日(火)
- 塀やら門やら駐車場やら玄関先やらと外構工事が進んでいる。庭ではベランダとデッキを作ってもらっている。外構はリプロという会社が担当だ。解体のときから同じ日とがやっているようだ。50代くらいのよく似たおじさんが二人でコツコツやってくれている。いつしか、僕らは「ヘッケルとジャッケル」と呼ぶようになった。二人の風体がよく似ているので妻などは、いまだにどっちがヘッケルでどっちがジャッケルかがわからないようだ。僕は暇さえあれば外に行って彼らの仕事を見ている。
- 「ダンナ、何(の仕事)やってるんだい?」
- 「ああ、三味線弾いてるんです」
- 「へー、絵描きかと思ったよ」
- 「えっ?」
- 「絵をみたんだよ、大きな絵さ、解体するときに。だからてっきり絵描きかと思ってたんだ」
- 何かの間違いだ。
- いやいや、忙しい人なんだろうなぁ。どっかの家と間違えてんだろうなぁ、と思いながら部屋に入ってきてフト立ち止まった。
- あ!!
- 絵。
- そうだ、絵がない!!
- 僕は高校の時、美術部だった。100号だかの絵を描いてあったのを両親が大事にとっておいて、稽古場のどっかに置いてあった。そのまま解体してしまったのだ。あっ!!しまった。ヘッケルが見たといったのはその絵のことだ。置いてきちゃっていたんだ。ジョンコルトレーンを描いた大きな絵。
- 12月3日(水)
- ベランダを作ってくれてる人は、稲葉さんと言う。わざわざ浜松から泊まりがけで来ている。朝七時半には仕事にとりかかっている。雨の日は仕事ができない。組み立てたりするのは多少できるらしいのだが、木材を切ったりすることができないんだそうだ。そりゃそうだわね。雨の日に外で電気ノコギリとかつかったら、感電とかしちゃいそうだしね。ベランダの職人なのかと思ったらそうでもないらしい。ベランダに使っている木を扱う仕事なんだそうだ。なんでもブラジルの木で比重が高く、水にも沈む木(なんとかと名前を聞いたがわすれちゃった)。ヨットハーバーとかでも使ったりしていて、土に埋めても水に沈めても腐らないんだそうだ。百年持つと言っている。「こんな木は大工さんじゃ扱えないんだよ」と稲葉さんは言う。「たった一人で作るんですね」と言うと「助手がいてもすることないんですよ。職人気質なもんでね」ははぁ、なかなか頼もしいことを言う。「でもね、助手が欲しい時もあるんですよ」「え、どういうときです?」「この木はね、水に沈むくらいだからすっごく重いんですよ。それをね、何本も梯子つかって持ち上げなきゃなんないでしょ」足もとに長さ30センチくらの木の破片があったので持ってみたら、ズシンという重さ。こりゃあ大変だわ。
- 12月4日(木)
- スローに動く人たちがスローに働く人たちに求めるものはなにもない。目まぐるしく過ごす人たちはスローに過ごす人たちをうらやましいとは思わない。怠惰に暮らす人たちはスローに生きる人たちを知らない。あせったりテンパったりなんのために誰のために。スローに動く人たちがスローに働く人たちに求めるものはなにもない
- 12月5日(金)
- 今夜は妻がいないのでひさびさに娘と二人の食事となった。外食となる。
- 「なに悩んでるの?ハンバーグセットでしょ」
- 「うーん、でもおこさまランチにしようかと」
- 「ああ、いっつもそれだものなぁ、いいよ」
- 「でもなぁ・・」
- 「なんだよっ、はっきりしねぇなぁ、それでいいよ、お子さまランチのハンバーグのやつで」
- 「うん・・」
- 「どした?あ、量が少ないんだろ?そうだよなぁ、どこ行ったって一人前食べるんだものなぁ。こないだも万世でおかわりしたって・・」
- 「パパぁ、おおきなこえでいわないでよ」
- 「ハハハ、どっちにしたって、もうお子さまランチは卒業だぜ。ハンバーグセットにしろよ」
- 「うーん、でもなぁ、このおもちゃにひかれちゃってさぁ」
- 「おもちゃなんか、てぇしたこたぁねぇじゃねぇかよぅ」
- 「そうだね、ヘヘ」
- 「なに照れてるんだよ。ハンバーグセットでいいな!ごはん大盛りでな」
- 「あ、ババぁ、ごはんはふつうで、ね、ふつうで、たりなかったらいうからさ」
- 「なんだ?はずかしいのか。色気づいてきやがったなぁ。ああいいよ。ごはんがたりなかったら、俺がおかわりするふりをすりゃあいいんだろ?」
- 「そういうことでもないんだけどさぁ」
- 「なぁに照れてんだよ」
- 「あ、それからさぁ、あんまり、ゆうのことにっきにかかないで」
- 「なんでよ」
- 「はずかしいんだもの」
- 「誰も読んじゃいねぇよぅ、第一おまえだってわかんないじゃない」
- 「わかるよぅ」
- 「いいの、笑われてナンボなんだから」
- 「はずかしいんだよぉ」
- 12月6日(土)
- 来週の土曜日に「お稽古場びらき」をする。今日は何人かが集まって合同稽古となった。一人一人が出し物をするのでなく、みんなでタテになったりワキになったり唄ったりする。そういうことがお弟子さんにとっては、すっごく勉強になり上達する近道だ。ということはわかっていても、それをやることはなかなか大変なことなのだ。でもお弟子さんたちが楽しそうに集まっているのを見るととてもうれしいものだ。
- 12月8日(月)
- Vシネマ「艶舞剣士ーRANBUー」の音楽をやらないかという話があり、赤坂の泉放送に打ち合わせに出かける。時代劇ですな。三人の女の子たちが悪いヤツをやっつけるというようなね。楽しそうなのでやることにしました。
- 12月10日(水) 良い天気だ。
- 12月12日(金)
- 邦さんとあんみ通が来宅。20日のリハーサルのため。新しい家と稽古場にプロの音が吸い込まれていく、それはまさに新しい家にとってのごちそうだ。
- 12月13日(土) お稽古場びらき
- 午後一時すぎ、ボチボチお弟子さんたちが集まってくる。「お稽古場びらき」の始まりだ。みーんなで「操三番叟」の演奏から始まって10曲くらいやったかな。楽しかったの一言でさぁね。そのまま宴会。今日はそんなに飲まないだろうといいながら、途中から邦さんもやってきて盛り上がってしまった。
- 12月14日(日) リゾートピア箱根ライヴ
- 強羅の良い所です。以前もやりました。また呼んでいただきました。ライヴやっておいしい食べ物いただいて、温泉入ってという、すばらしい企画です、あはははは。
- 12月15日(月)
- 午後に帰宅。朝温泉に入ったせいか、やけにだるい。家の外では塀の吹き付けをやっている。親子と思える二人組が塗料にまみれて吹き付けている。夕方終了。
- 「まだ芯まではかわいてませんからね。気をつけてね」
- 「はい。いたずら書きされたらやだなあ」
- 「そうなんですよ。やっかいでね、あれは」
- 「えっ、やっぱ、けしずらいんだ」
- 12月16日(火) 三島駅
- うーん久々に来たなあ。10年ぶりくらいだろうか。「艶舞剣士ーRANBUー」のロケで松崎というとこまで行くのだ。三島からバスに乗ってくださいと泉放送の藤田さんから昨夜電話があった。東海バスの窓口へ。
- 「松崎まで特急バスで」
- 「はい。ゆっくり座っていけますよ。数えるほどしかお客さんいないから」
- 「ちなみに松崎まで何分くらいで行くの?」
- 「二時間だね。だいたい二時間」
- ゲ!昨夜聞いてはいたがやはり二時間かかるのか・・・。特急バスで二時間か。伊豆は広いのう。ほんとに二時間かかって松崎到着。スタッフがむかいに来てくれてロケ現場まで行く。ふるーいお寺でロケだぁ。
- 12月17日(水)
- 別に僕がVシネマに出演するのではないのです。音楽担当ってやつですね。三曲くらいつくれば良いかな。女優さんが三味線弾く場面がありますね。手元を僕が吹き返しているのですね。手元撮るために伊豆まできたんですわね。「手タレ」だわー。そう言えば「長崎ぶらぶら節」の時も手タレやったぞ。俺の手は意外に出演しているな。あんまりごつくもないので、女優さんのかわりやっても大丈夫なんだそうだ。ま、他にも曲参考となるものさがしにきたんですね。現場に来るとなんかワキますね。
- 12月18日(木)
- 庭に梅の木が帰ってきた。あずけていた梅の木。
- 12月19日(金)
- 組み立て式のブランコと格闘していたら、ベランダ職人のイナバさんが作ってくれた。
- 12月20日(土)シリーズ「音」 和の音─三味線 新田市文化会館エリアスホール
- 先日、中学寄席みたいなことで来させていただきました、エリアスホールに再びこさせていただきました。あんみ通とのとジョイントライヴです。ここは、ユカ(あんみ通)ちゃんのお母さん家の近所ということでしたね。
- 12月21日(日) 日刊工業ホールとなごりを惜しむ
- 28日を持って日刊工業ホールの長い歴史が終わる。本日は惜しむ会ということで、「いろーんな人が自由に演奏していいよ」という日。ホールの富宿さんの粋なはからいだ。伝の会は午後一時に日刊工業ホールに集合した。演目がとぎれると出ていって演奏をしようと決めていた。ツナギをやるということですね。川島(佑介)さんが来ていたので、最初のツナギは伝の会と川島さんの太鼓。二度目が伝の会と川島さんの小鼓。三回目は・・・・・。六回くらいやったのかなぁ?午後四時をすぎたころからはアルコールが入ってましたからねぇ。いろーんな人と一緒に演奏しました。舞台から見る客席のこの感じをしっかりと目に焼き付いてると思います。良い小屋だった。何年かたつとジーンと寂しくなるような・・・。
- 12月22日(月)
- ここんとこ、バタバタとしていた。さすがに心労か。今朝は起きられなかった。
- 12月23日(祝) 母十三回忌・祖母七回忌・祖母姉十七回忌
- 母の祥月命日の今日、良い天気をいただいた。菩提寺である駒込の清林寺で、三人の法要をさせてもらった。久々に馬橋家一同も顔を合わせ、無事に法要も終わり、我が家にきてもらって食事にした。新宅お披露目会。親戚の伯父さん伯母さんにとっては実家だったとこを建て直しをしたんだから、みんなに来てもらったヨカッタヨカッタ。
- 12月24日(水)
- ここんとこ娘と遊ぶ時間がなかった。バトミントンを一緒にやってもらいたいらしい。一時間時間がとれたので遊んだ。相変わらずのみごとな運動神経のなさ。最初の羽根をつくことさえままならないのだ。いやぁ、あんまり運動神経がないので大笑いだ。
- 12月25日(木)
- 娘はクリスマスプレゼントにブランコをもらった。1週間前くらいに早々と庭に作ってある。昨夜彼女は、枕元に「いつもブレゼントありがとう サンタさんブランコありがとう」と書いた手紙とサンタクロースとトナカイの似顔絵をを置いておいた。感激したサンタさんは手紙と交換に「太鼓の達人3」のソフトを彼女の枕元に置いて去っていった。
- 12月26日(金)
- 外構工事がそろそろ出来上がった感じだ。
- 12月27日(土)
- 起きたら、雪がすこーし積もっていた、娘はさっそくちっちゃな雪だるまをつくる。しばらくすると、雪だるまと猫とサルができていた。
- 12月28日(日)
- 赤羽でお弟子さん夫妻と食べて飲んで。
- 12月29日(月)
- 五年前からこの日は、和佐次朗師匠の祥月命日になってしまった。
- 12月30日(火)
- マサキ(松永忠一郎)がアメリカンカールという種類の猫を飼っている。10月に五匹の子どもが誕生した。欲しいなぁと言っていていたら、見に来ませんかとなり、昨日新婚のお宅におじゃました。帰りの車には新しく家族に加わったさくら(仮名)が乗っていた。
- 12月31日(水)
- 「えっ?あと三じかんで2003ねんがおわるの?」
- 「ああ」
- 「で、どうなるの?」
- 「2003年の午後11時59分の次は2004年の0時になって、12月31日から1月1日になるんだよ」
- 「ふあーーっ(感嘆詞)、そのじかんまでおきてちゃいけないんでしょ?」
- 「えっ、今日は良いよ。どうせまだ夜ご飯も食べてないし、眠たくなけりゃあ良いよ」
- 「やったーーっ、ほら、めもパッチリ。ねむたくないよーー」
- 「そうかそうか、ならな、一緒にカウントダウンしよかな」
- 「かんとだん?」
- こうして、今年も終わっていくのですな。
- ああすれば良かったなぁ、あれは間違えたなぁ、悪いことをしたなぁ、結果オーライだったなぁ・・・・と、そんなことばっかり思い浮かぶわけですが、まぁなんとか、生きて、ライヴができて、邦さんも元気で古典空間も元気で、お弟子さんたちも楽しんでくれて、家族も健康でと、金銭的には恵まれないのですが、人がいるというのはシアワセなことですな。ああ、そうそう、新居に引越、ネコ二匹ね。してみると、恵まれた一年だったなぁ。来年はどんなことになるのだろうか?どうぞお見限りのないようにひとつ宜しくお願いもうしあげまする。